2010年1月23日 経営デザイン専攻・博士キャリアセンター ジョイントシンポジウム
「理経開化! ―経営をデザインする人を育てる―」
参加者の声

早稲田大学生命医科学科/荻野禎之さん

一昨年の秋に,小林,益川,南部3 氏のノーベル物理学賞受賞に日本中が湧いたことは記憶に新しい。しかし私は,それとは少し違うところで『衝撃』を受けていた。ノーベル賞受賞を報道するニュースでの出来事である。キャスターが一通り受賞者の経歴や受賞理由を説明したあと,ぽつりと「文系の私にとっては難しくてさっぱり分かりません」と言って平気な顔をしている。難しくて分からないのは別にいい。私も大して分からない。だが,「文系だから(一般人だから)科学は分からない,分からなくてよい」という雰囲気が,よりにもよって影響の大きい全国放送の中で少しでも感じられてしまったことは大いに問題があると思う。「文系だから」が科学を理解しない言い訳に使われることはよくあるが,理系だからという法律や経済を理解しようとしない言い訳はあまり聞かないように思える。それは社会の一般常識として,当然知っていなければ生きていけないことであるが,科学というのはどうも,一部のモノ好きな人間が自己満足のためにやっている特異なものとでも思われているのではないか。文系社会と理系,科学の間にある深い溝を改めて感じた瞬間であった。
企業のトップに早稲田出身者が多いことは知っていたが,最近では理工学部出身の社長・役員が多くなってきたと聞く。例えばモノ作りの産業ならば,企業を形成するもののうち機械や電気などの工学領域が大きな部分を占めることになる。もちろん企業は経営をしなければ成り立たないが,現場を知る人間が企業経営の指揮をとるのと,モノ作りには全くド素人の人間が経営だけ行なうのでは,やはり大きく違いが出てくるのだと思う。専門性が強い理系人材が同時に企業経営もデザインしていくことは難しいことであったが,このような問題を解決し,企業のために生産的な正しい経営判断を行なうことのできる人材を産み出すために,今回新しく理工学術院に経営デザイン専攻が誕生したのだと私は理解している。シンポジウムでは,実際の企業からの声として野村総研の中野秀昭氏の講演を聴くことができたが,氏の「修士くらいでは専門性は無い」という一言は印象的であった。理系の人間が社会を動かしていくということは,博士号を持ってこそできるのだというメッセージなのであろう。『末は博士か大臣か』という言葉に象徴されるように,かつて博士号といえば非常な重みのあるものであったが,大学や大学院の大衆化が進み,博士号を持つ者に対する敬意も以前に比べれば失われてきたようである。さらには,戦後日本の高度経済成長の過程を経て高い生産力を求められきた企業にとって,アタマの固くなった博士など採用したくないという考え方は自然なものかもしれない。博士キャリアセンターの現在の取り組みは,まさにこのような状況を打破するために行なわれているのだと思う。私は科学は人と人とのコミュニケーションから生まれるものだと感じている。自己だけで解決するのではなく,たくさんの人間が様々な考えを持ち合わせて練り上げていかなければならないものであると思う。いくら効き目のある薬剤があるとしても,それを正しく混ぜ合わせ処方する人間がいなければ意味が無いのと同じように,社会と科学を上手く練り合わせて新しい視点で物事を切り開いていくためには,博士号取得に要する深い知識や豊富な経験が必要なのだろう。企業で役立つ人材育成というだけではなく,人類全体のアカデミアの一翼を担う研究者の養成という観点からしても,博士キャリアセンターの理念は賛同できるところが多いと感じた。短い時間であったが得るものが多く,特に普段は企業経営のことなど考えたこともほとんど無かった私がこのようなシンポジウムに参加したことは,今後のために役立つことも多いかと思う。
先日,鳩山首相が「朝三暮四」の意味を勘違いしたことが『理系首相 四字熟語を間違える』と報道された。そもそも四字熟語の間違いなど理系と全く関係ない。鳩山首相の一般常識不足は問題だが,このようなことで『理系』という言葉が使われるということは,それこそ好ましくない。そもそも文系と理系との間に線を引いてしまうことに問題があると私は考える。人文科学や社会科学という言葉があるように,科学という言葉は本来理系の人間だけのものではない。文理を超えた様々な学問によって,体系化された知識や経験を未来に活かすという本当の意味での科学が広く社会に浸透していくことを切に願ってやまないし,そのために私にもできること,やらなければいけないことがあると痛感している。

イベントページへ戻る

早稲田大学生命医科学科/山田春佳さん

今回の講演会で、理系出身者に「社会力」をつけようという考えにとても共感しました。なぜなら、普段の生活で科学ができるだけではダメだな…という経験をいくつかしたことがあるからである。
まず、1つ目の経験としては、理系出身者ではない文系の友人や大学に進学していない友人と話すときによく感じることである。地元の友人と話す際に、彼女たちからよく耳にする理系の人のイメージといえば、「根暗で、まじめそう。友だちとワイワイするというよりは、一人でいそう。」という正直ひどいものである。この発言からもわかるように、理系の人はコミュニケーションがうまく取れない、気難しそうというイメージがあるようである。私が友人に、実際はそんな人ばかりなのではなく、例えば学科の仲間は、みんな明るく仲もいいということを伝えると、驚かれることがある。
そして、2つ目の経験としては、ニュースを見て感じたことである。現在、日本の首相である鳩山総理は、理系出身者である。先日、ニュースを見たときに、自民党の与謝野さんが、鳩山さんは理系出身者だからダメだ、政治のことがわからないのだ、という発言をしていた。この発言に正直、私はショックを受けた。国の政治を担うトップの人でさえも、理系出身者に対して、科学しかできない人間だと思っているのか、と感じた。
このような経験から、理系出身者だからといって科学しかできないようでは社会では認められない、と感じていたので、今回の講演会での話にはとても共感できた。しかし、理系の人間が皆、私のような意見を持っているわけではないと思う。実際、理系の人間の中では、自分は理系だから社会に対する知識がなくてもいいのだ、コミュニケーション能力がなくても仕方ないのだ、とイメージを理由に逃げている人がいると思う。回りに対してイメージの改善を求める前に、私たち自身の気持ちを変えることが必要だと感じる。
今、社会にある理系出身者に対するイメージはそう簡単に消えるものではないと思う。しかし、これから社会にでていく私たち一人ひとりが社会性と広い知識を身につけていけば、次第にこのようなイメージを変えることができる日が来るかもしれない。これからの研究室生活において、科学に対する知識はもちろん、同時に社会性も身につけていきたいと思った。

イベントページへ戻る

 
 

|  TOP  |  プライバシーポリシー  |